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夢幻の残響

二次創作なんかを書いてみたり。

Phase102:「世界」

 “この世界”は、かつては自然に溢れ、数多の命が煌めく「普通の」世界であった。
 時として神族と魔族が相争い、ヒトとヒトが戦い合う姿は在った。されど、戦いだけに明け暮れていた訳では無い。人々の間には愛があり、友情があり、喜びがあり、楽しみがあり、悲しみも、憎しみもある。全ては世界が世界として続いて行く、摂理の一つであった。
 しかして、その摂理は二つの存在により崩される。
 一つは、異なる世界よりこの地に訪れた者。
 次元を渡り、世界を移ろい、渡った先の世界の全てを喰らい滅ぼし、己が力と為して再び世界を渡っていく、世界規模の災厄。
 名を、『次元竜ザーランド』という。
 もう一つは、この世界のある種族の中に、突然変異イレギュラーとして産まれた者。
 この世界にはもともと、他者の精神に寄生し、悪夢を見せて負の感情を生み出し、それを喰らって生きる精神生命体達がいた。
 「悪夢を見せる」とは言っても、肉体を持たない『夢魔』と呼ばれる一族であるそれらは体内魔力オドの容量はかなり低く、せいぜいが月に一度。多くとも二十日に一度程度の割合だ。その上夢魔が寄生している間は彼等が宿主を守る為に、宿主に対して行われる精神的な攻撃──主に魔法による魅了や睡眠等──に対して抵抗してくれるため、ただ嫌われているだけの種族ではなく、むしろ『冒険者』と呼ばれる者達の中には、進んで寄生させる者すらいた程である。
 そんな『夢魔』の一族に産まれた突然変異。
 他の夢魔達どころか、他の種族の者達に比べても多くの体内魔力の容量を持ち、その為に常に飢餓感に追われていた存在。
 それは即ち、ソレに寄生された者は短いスパンで、それこそ毎日のように悪夢を見させられ、負の感情を絞り出されることになり──やがて、衰弱して死に至る。
 そしてソレは、悪夢の末に“死”に至った際に産まれる多大な負の感情を知った。
 ただ悪夢を見せるだけでは得られない、極上のご馳走。それを味わってしまったソレは、最早前のように戻ることはなく、多くの人の、動物の命を奪っていき──やがてソレは、『名付き』と成った。
 悪意をもって悪夢を見せ、貪り喰らう悪夢の存在──「『終わらない悪夢ナイトメア』ファルファタ」の誕生である。
 ザーランドとファルファタ。二つの存在が出遭うことにより、世界は滅亡へと歩を進めることになる。

 始まりは、ザーランドの襲来であった。
 前述のように“世界規模”の災厄であるザーランドの襲来は、その時も争いを続けていた神族と魔族の間にすら休戦を結ばせて対処に当たらせたのみならず、更に“上”の存在をも動かした。
 神にも魔にも、ヒトにも与さずに、世界の調律を守る者──六体の封印竜。
 ザーランドと封印竜達の戦いは、数えきれぬ程の朝と夜とを繰り返し、熾烈を極めた。
 その被害の甚大さを端的に表すならば、戦場となった地が真っ先に挙げられよう。
 封印竜達と戦いながら、消耗した力を取り戻そうと、ザーランドは周囲から“力”を吸い上げる。一方の封印竜達は、ザーランドに“力”の供給をさせまいと、周囲一帯から精霊力を遠ざけた。
 その結果、ザーランドが降り立った直後は肥沃の大地であった『クルセウルス丘陵地帯』は、あらゆる自然の力が失われた死の大地──『静寂の砂漠』となり果てた。
 水の精霊が居なくなったが故に、空気や土地は乾き果てた。
 地の精霊が居なくなったが故に、大地は肥沃さを失い砂となり、自然は枯れ果て消え失せた。
 火の精霊が居なくなったが故に、熱も温もりも失われ、生けるものは死に絶えた。
 風の精霊が居なくなったが故に、他の地から命の息吹が吹き込むことは無くなった。
 光と闇の精霊が居なくなったが故に、この地は光差さず、闇の帳が降りぬ、灰色の世界になったのだ。
 ──封印竜達にとって、それは断腸の思い、苦肉の策、身を切るような手段であった。世界を守る彼等が、皮肉にも世界の一部を滅ぼす一因となったのだから。
 それでも、ザーランドをこの地より他に行かせぬためにと行われたそれにより、ついにザーランドは討ち果たされたのだ。……封印竜達との相打ちという形を取って。
 世界の調律を守る『封印竜』という存在は、世界が生み出したシステムの一つである。
 であるが故に、例え封印竜が死したとしても、その記憶と意志と力は、次代へと継承されて新たな封印竜が産まれいずる。だが──死してから継承されるまでの間には、確かな“間”が有った。……有ってしまったのだ。

 ザーランドと封印竜達の戦い。
 その最中、多くの人々から追われながらも生き延びていたファルファタが、戦場に這入り込んでいた。
 ヒトの居ないところへ。己が寄生したあとも脅かされることのない、強い力を持つ存在のもとへ。それは、花に惹かれる虫のように、言うなれば本能のようなものであった。
 己が寄生すべき、強い力と負の感情を持つものを求めたファルファタは、荒れ狂う攻撃の余波に曝されながらも、その存在へと辿り付いた。
 ……そう、ファルファタは、よりにもよってザーランドへと寄生したのだ。
 本来であれば、幾ら『名付き』で強くなったとはいえ、ファルファタの如き存在が寄生したところで、ザーランドに何か影響を及ぼすようなことはない。むしろ寄生した瞬間にザーランドに喰われ、取り込まれる恐れすらある。
 だが──最悪は、連鎖する。
 ザーランドの元へと辿り付いたファルファタが寄生した瞬間、ザーランドは、己に寄生した愚かな存在のことを感じ取っていた。実際にそれを喰らい取り込み、少しでも己が力の足しにしようともした。しかし、それは半ばにて中断された。……封印竜達の最後の攻勢が始まったからだ。
 ザーランドといえどその攻勢には他に意識を割く余裕もなく、全力を持って迎撃が行われた。それによってファルファタは完全に喰われることは免れて命を拾い──ザーランドと封印竜達は共倒れになる。
 その時、ザーランドは死したる際に、強く、深く、昏く、重い、負の想念を残した。
 本来であれば、その想念は次第に薄れ、消えゆくはずであった。強い想念はその場に定着し、残留思念となることは多々ある。だが、そこは既に何の力も無い『静寂の砂漠』である。残留思念が定着するような要素すら無かった故に、ザーランドの強い想念ですら、消えて無くなるはずであったのだ。本来であれば。
 しかしそこには、それを良しとしない存在──ファルファタが居た。
 ザーランドに大半を喰らわれ、消滅の危機にあったファルファタは、ザーランドが残した負の想念を貪り喰らう。
 溢れかえる程に濃厚なそれは、余すところなくファルファタへと取り込まれ──しかして“世界規模の災厄”ともされたザーランドの想念は、弱っていたファルファタという存在の“上”を行った。
 ザーランドの悪意を、憎悪を、嘆きを凝縮したソレは、ファルファタという“器”を得たことで定着し、“器”に収まりきるどころか溢れかえり、ファルファタを逆に飲み込んで・・・・・、喰らいあい、溶け込んで、同化する。
 新たなる存在への昇華。
 ソレは、ザーランドにしてファルファタであり、負の想念にして精神生命体である。
 故にそれは肉体を求め、寄生先を求め──その場に在った肉体に這入り込む。
 それまでの間に過ぎた時により朽ちた肉体は再び動きだし──再び、世界に顕現した。
 その身より溢れかえる負の想念は、零れ落ちた腐肉にすら宿り、その姿を変質させて眷属を生み出す。吐き出す吐息は酸性を帯び、飛び散る血潮は世界を溶かす。
 朽ちたる真竜ドラゴン、『徘徊する悪夢ナイトメア』腐竜・ザーランドの降誕である。

 『次元竜』から『腐竜』に成り果てたザーランドであったが、すぐに動き出すことは無かった。
 ……正確に言うならば、動き出すことが出来なかった、であろうか。
 ザーランドの負の想念を取り込んだファルファタと同化することで、『腐竜』として顕現する力を取り戻したザーランドだが、『夢魔のファルファタ』としては莫大な力ではあっても、『腐竜ザーランド』としては、その存在を固定させるのでやっとといったところだったからだ。
 それからの間は、ザーランドにとっては雌伏の時となった。
 ザーランドにとっては幸いにして、この地より精霊力を遠ざけていた封印竜達が倒れたことにより、徐々にではあるが、この地に再び精霊力が──空間魔力マナが戻りつつあった。故にザーランドはそれを取り込み、ゆっくりと力を回復していったのだ。
 ──どれほどの時が流れたか。
 既にザーランドと封印竜との戦いの恐怖が人々の口に上ることは無く、止まっていた神族と魔族の戦いも再び行われ、世界の摂理が続いていた、ある時。人々の口の端に上った、噂話があった。

 「『静寂の砂漠』の奥地に、朽ちたるドラゴンが居る」

 始まりは、『静寂の砂漠』に“冒険”をしに来たある冒険者パーティだった。
 彼等は砂漠の奥地に到達し、そこで朽ちたるドラゴン──ザーランドと遭遇するも、逃げ延びて生きて帰った。……否、生きて帰らされたのだ。
 彼等は帰り着いた街の酒場で、自分達が生きていることを実感しながら、まるで八面六臂の大活躍をしたかのように、自分達の“冒険”を謳い上げる。
 そうして広まる噂話。
 それは誘蛾灯だ。ザーランドが、ファルファタの力で見せた、己が元へと“餌”を運ぶ悪夢の誘蛾灯。
 多くの者が誘われた。
 ある者は竜殺しドラゴンスレイヤーの名声を求めて。
 ある者はさまよえる魂を浄化せんと、使命に燃えて。
 ある者は、そのドラゴンが財宝を守っているに違いないと思い込み、欲に駆られて。
 そして、とある国の国王と近衛、一つの騎士団が砂漠の中に消えた時──悪夢は動いた。
 静寂の砂漠を侵攻するザーランド。
 ザーランドの存在それに気付いたのは、ある神族であった。
 『静寂の砂漠』は、少しずつ精霊力が戻っていたとはいえ、その端からザーランドに喰われていたがために、未だ力の及ばぬ空白地帯であったこと。その頃の神族と魔族の戦いは、神族の方へと優勢に傾いていたバランスを、魔族が盛り返していたところであったことなどから、ザーランドの存在自体の発見自体が遅れたのであろう。
 封印竜は未だ姿を見せない。神族と魔族が手を取るのは難しい。
 ならばと白羽の矢が立てられたのは、地上に住まうヒトであったのは必然か。
 とは言え、生半な戦力ではザーランドの餌となるだけである上に、『静寂の砂漠』の外にザーランドを出せば、削る側から“世界”を喰らって回復するだろう。ならばこそ、『静寂の砂漠』内で叩くしかない。故に、それが出来ると目された、その当時名を馳せていた三人の『英雄』に神託が下された。……その三人しか、上記の条件に該当する人物が居なかったとも言うが。
 一人目は、ソルマンド大公国が誇る「『大賢者』オルバ・ロランド」。
 二人目は、魔法国家ベルトガーデンが擁する「『魔法の申し子』ロイ」。
 そして最後に、獣人の王国アルマトの第三姫「『九尾の姫』ミヤビ」。
 三者が率いる連合軍は『静寂の砂漠』へと入り、同行した神族に導かれてザーランドの元へと侵攻。遭遇の後に戦闘へと突入する。
 戦いは苛烈に、されど短期決戦にて行われ、彼等を導いた神族を含む多大な犠牲を払いながらも、ザーランドを討ち果たすことに成功した。
 人々は歓喜に沸いた。偉業を成し遂げたのだと、讃え、誇った。それが、本当の意味で終わりの始まりであったと知らずに。

 『腐竜ザーランド』は、ザーランドであると同時に『夢魔ファルファタ』であった。
 ファルファタは、人々に狙われその命を脅かされんとした際に、それを回避するためにザーランドに寄生するまで至った程に、“滅び”を忌避していた。
 そのファルファタが──ザーランド=ファルファタが、その身が真に滅ぼうとした際に、大人しくその運命を受け入れるだろうか? ……答えは当然、否、である。
 前述のように、『夢魔』は精神生命体である。
 ザーランドと同化したことで腐竜の肉体を得たとは言え、ファルファタの本質もまたそれであることは変わりない。
 故に、その肉体ザーランドが滅びゆく時、精神ファルファタは最後の抵抗を見せた。
 その場に居た誰もが気付かぬ、最後の抵抗。
 もしもザーランドの元に三英雄を導いた神族が生きていたならば。もしもこの時点で封印竜の継承が完了し、十全な力を取り戻せていたならば、恐らく“世界”の行く末も変わっていただろう。
 だが、無情にも世界の命運は最悪へとひた走る。
 アンデッドであったその肉体が滅ぶと言うことは、それはこの世から完全に──魔力の塵となって──消滅することであった。だが、肉体と共に滅び行かんとしていたザーランド=ファルファタの精神は、最後の力を振り絞り、その肉体より乖離する。
 とは言え元々『ザーランド』の肉体であったそれとの繋がりが完全に切れる訳もなく、魔力と化して消えゆく肉体に引きずられ、しかして完全に滅びることもなく、“世界”へと拡散したのだ。
 死への恐怖。自身を脅かす者への憎しみ。消えゆく悲しみ。生ける者への嫉み。己を追いやった者への恨み。大いなる負の想念と共に。

 ──世界に、『悪意』が満ちる。

 その日、その時より、世界中で争いが激増した。
 人々は隣人を憎み、嫉み、他者を襲ってその富を奪い、己もまた奪われる。負の連鎖が蔓延した。
 他者を平気で傷つける者が増えた。
 魔物モンスターのみならず、普通の動物達ですら、凶暴性が増していった。
 嘆き、悲しみ、苦しむ者が増え、それを笑い、嘲り、謗る者が増えていった。
 蘇った封印竜達が事態を把握した時には、最早手の付けられない所まで、世界は転げ落ちていたのだ。
 かつてザーランド=ファルファタであったモノは、世界に溶け込み、世界の負の側面を司る存在と成り果てていたのだ。
 故にソレは、己こそがこの世界そのものであると、『世界の名』を簒奪し、自らを呼称する。
 世界の負の側面であり、ザーランドであり、ファルファタであったモノ。
 次元を渡り、世界を喰らうモノ。大いなる災厄。悪意の化身。
 その者の名は──『アーサリア』。

 アーサリアを捨て置けば、この世界が滅んだ後、次元を渡り、他の世界に這入り込むだろう。そしてその世界は、この世界と同じような末路を辿る。
 そんな結末だけは、避けねばならない。アーサリアは、ここで倒さねばならない。どのような犠牲を払おうとも。
 不退転にして悲壮な決意と共に、封印竜達はアーサリアとの戦いを開始する。
 アーサリアは、世界に蔓延した存在であるとはいえ、その存在を構築する“核”たるモノは存在する。
 それは、かつてファルファタであった、精神生命体に値するモノだ。
 世界の調律を守る存在である封印竜達は、その“核”の在処を見つけることに成功していた。
 実際に、幾度も戦いを挑んだ。だが、倒すには至らない。……それどころか、一時的に弱らせることがせいぜいであった。
 なぜならば、アーサリアは世界に満ちる悪意を吸い上げて回復することが出来るからだ。すなわち、アーサリアを“倒そう”という意志を持って攻撃すると、その攻撃の意志──敵意という負の想念を吸収され、ダメージを与えた側から回復されてしまうからである。
 つまり、この世界に住まう者がアーサリアを倒す為には、世界から悪意を無くし、自らもまた敵意無くアーサリアに攻撃を加え続けねばならない。しかし、そのようなことは不可能だ。
 ヒトは……否、ヒトのみならず、生きるものは、“正しさ”のみを抱いて生きて行くことは出来ないのだから。
 天秤のバランスを正の方向へと傾けることは出来るだろう。だが、負をなくすことは出来ない。
 そしてアーサリアは、ほんの僅かでも負の想念があれば、それを吸い上げて力を取り戻すのだ。
 故に、封印竜達は最後の決断を下す。
 悪意に満ちた世界の中でも、正しき心を持ち続けることを貫いた者達に協力を仰いで。
 負の側面を司る存在であるアーサリアにとって、その逆、正の想念を持つ者の存在自体が、明確なウィークポイントになる。
 例え倒す事が出来なく、弱らせてもすぐに復活するとは言え、それまでの間はアーサリアの支配力が低下するのは確かである。封印竜達の狙いは、その瞬間だった。
 封印竜と協力者達の攻撃により、アーサリアが弱り、支配力が低下した時。封印竜達が、最後の手札を切った。
 それこそは、『世界封印』。
 “世界そのもの”を封印具とし、対象を封じ籠める封印術。
 その当時存在していた、人々に『深遠なる迷宮』と呼ばれていたある迷宮ダンジョンを核として、“世界の正の側面”を封印具として、その深奥へとアーサリアを封じ籠めたのだ。
 それにより、世界は変質した。
 『深遠なる迷宮』を中心に、世界中に存在していたあらゆる地形がその内部へと取り込まれ、世界そのものが迷宮となった、迷宮世界へと。

 初めは順調だった。
 封印したアーサリアから奪った魔力で魔造生物モンスターを産み出し、アーサリアの『悪意』から逃れて残った人々がそれを倒し、成長する。
 モンスターとして倒され、人々の成長の糧となった以外の魔力は迷宮へと還元され、人々の生活のための機能に使われる。
 アーサリアの魔力を使うと言っても、一度封印というフィルターを通して純粋な魔力に変換されているため、悪意の影響を受けることもない。
 アーサリアの力を奪いながら、迷宮を維持・・する人々が力を付けるシステム。
 封印竜達が創り出したそれは上手く回り、このままアーサリアの力を削ぎ、封印を維持し続けられると思っていた。
 だが、アーサリアは、封印竜達の想像を上を行く。
 迷宮の最奥に封印され、力を削がれ続けながらも、アーサリアはその手を密かに伸ばしていた。封印竜達に気付かれぬように、慎重に、深く、静かに。
 そうして機を見計らい、アーサリアは行動を開始する。
 何時までも終わることの無い、戦いの日々。それは、迷宮を維持する者達の心に、少しずつ負の感情を生じさせていた。アーサリアは、それを利用して、内部に混乱を起こした。
 それに乗じて行われた、迷宮の機能の掌握。
 気付いた封印竜達がそれに対抗するも、抵抗むなしく、機能の多くをアーサリアに掌握される。
 封印竜達が守り通すことができたのは、アーサリアを封印しておく根幹の部分と、今で言う『マイルーム』に関わる部分である、迷宮に挑む者達が生きるための機能。そして一部のその他の機能のみあった。不幸中の幸いは、封印それ自体が破られた訳では無いことであろうか。
 この時の迷宮の主導権争いにて、かつての世界の住人達、その生き残りは全て死に絶えた。それはすなわち、アーサリアにとっては“力”を取り戻すための“餌”が無いことと同意である。
 故にアーサリアは、再び自由を得るために行動を開始する。
 かつてこの世界に存在した、ある召喚術。異なる世界の住人を招き入れ、その際に強い力を与えるそれは、『勇者召喚の儀』と呼ばれたものである。
 アーサリアはそれを改造し、一度に多くの人間をこの迷宮世界に呼び寄せることを画策し、実行した。
 『第一次召喚』と呼ばれるそれは、丁度二百名──本来選定されたのは二百三名であったが、「パーティは五名が最大である。可能なかぎり最大数で組むのが推奨される」という概念に引きずられたためだ──の人間を異世界より呼び出し、本来の『勇者召喚の儀』よりも数段劣る適当なスキルを与えて迷宮へと放り込んだ。
 そして第一層から配置された凶悪なモンスター達は、人々を蹂躙し、瞬く間に全滅させてアーサリアの糧とする。
 しかしそれは、アーサリアにとって目論見通りとは行かなかった。思ったよりも、収奪した“力”が少なかったのだ。
 原因は二つ。
 被召喚者達の『質』と、深奥にいるアーサリアまでの『距離』。
 前者は言うまでも無く、質が低ければ回収出来る力も少ない。そして後者は、被召喚者達が『第一層』という上層で死んだために、深奥にいるアーサリアの元までその力が届くまでに、大きく減衰していたのである。
 それを踏まえて、後に『第二次召喚』が行われる。
 召喚された数は五百名。『勇者召喚の儀』に及ばずともそれぞれに強力なスキルが付与され、また『第一層』に出現する敵のレベルも落とされ、下層に下るにつれ強くなるようにされた。
 アーサリアの狙いは上手く填まり、被召喚者達は力を伸ばしながら迷宮の奥へと侵攻し──そして全滅した。
 アーサリアにとって『第二次召喚』はおおむね上手くいったが、最初に力を与える際に強い力を与え過ぎたのだろう、使用した分と回収した分のバランスが悪く、復活に至る程の回復は出来なかったのは、対処を構築している最中であった封印竜達にとっては、不幸中の幸いであっただろうか。
 そして、『第三次召喚』において千名が召喚され──今に至る。


◇◆◇


「これが、この世界のあらましと現状よ」

 長い語りを終えたガーネットが、そう締めくくる。
 彼女は一息着いたあと、「さて」と俺達をぐるりと見回して。

「待望の質疑応答の時間といきましょーか? ……と、あーはいはい、解ってるわ、アル。その前に、まずはアタシに関して、かしら?」

 何かを言いかけたワイズマンさんを手で制し、軽く肩をすくめるガーネット。
 そして彼女は、自らを名乗り上げる。

「……アタシの名は『真紅の魔女ガーネット』。“世界の管理者”にして“『アーサリア』に抗う者”の一人である、『火の封印竜・ヴァルファラート』の記憶と力と意志を継承した、当代にして最後の火の封印竜。そして、かつてこの世界に『勇者召喚の儀』によって喚び出された地球人、よ」
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